2007年10月31日水曜日

高齢の追憶(149)・柳生忍法帖

柳生忍法帖(山田風太郎)を読み終わり、いまは「燃えよ剣(上下巻)」の読みに入ったところ。"武州"って、幕府直轄の南多摩一帯を指すようだね。だから百姓といえども、喧嘩には強いんだってさ。ついでに"上州"という文字も目に触れる。

さて、柳生忍法帖を読み進めているうち、次第に過去を思い出してきた…。オープニングから暫くは面白く読み進んでいたが、中盤あたりから、

「どうも、これは以前に読んだような…」

気分になってきた。主人公の絶体絶命がどのようなカラクリで救われたのか、までは全く忘れていたから、

「どーせ助かることになっているのだ」

のつもりで読み進めたのであった。その内容、ほとんど忘却の彼方。柳生忍法帖をいつ読んだのかさえ定かでなく、1964年の初版だから、かれこれ40年以上経過している。あたしが1966年の入社で、そのときはカムイ伝のような忍者もの漫画は読んでも、髷もの小説などバカバカしくて目もくれなかった。

おそらく1980年代になって読み始めたとして、25年も前のことだ。読書の内容は20年もすれば完全に忘れ去るようで、読書量など自慢にもならないと思い至った。残るものといえばエッセンス部分のようですな。そのエッセンスも女の場面ばかりだったりして。

柳生忍法帖のエッセンスは、沢庵和尚詠むところの手毬唄にあるんだろう。これを聞かされる方としては、ワサビたっぷり黙示録のごとく恐ろしいものに映ったのだろう。以下その全段を抜粋。

一つとや
ひとつ目坊主の一眼房(鞭使い司馬一眼房)
一眼房
橋からおちて三途川
三途川

二つとや
不忠の鬼にまもられて
まもられて
枕がたかいか、ばか大名(会津城主・加藤明成)
ばか大名

三つとや
三つの犬に芸させて(犬使い具足丈之進)
芸させて
江戸の土産に何もろた
何もろた

四つとや
吉原雀のいうことにゃ
いうことにゃ
とんだ買い物、ひげ人形(鎖鎌使い大道寺鉄斎)
ひげ人形

五つとや
伊予の家来はつろござる
つろござる
殿さまいさめりゃ首になる
首になる

六つとや
娘狩りたて雪地獄
雪地獄
親の涙で溶かしたや
溶かしたや

七つとや
七つの槍のほまれとは(会津七本槍衆)
ほまれとは
昔がたりかいま鬼か
いま鬼か

八つとや
槍の孫兵衛、槍のさび(槍使い平賀孫兵衛)
槍のさび
おかげで孫六、名もさびた
名もさびた

九つとや
こぶしの鷲ノ巣、足がない(柔術使い鷲ノ巣廉助)
足がない
手もない仏であの世ゆき
あの世ゆき

十とや
東慶尼寺、何万石
何万石
四十万石つぶしたなら五十万石
五十万石

香炉銀四郎(網)漆戸虹七郎(剣)は十段をうたい上げた後の最後の土壇場で討たれるのでございますが、ここで出題です。
会津七本槍衆はそれぞれどのような討たれかたをしたのでありましょうか?
覚えているまい。忘れた方はもういちど柳生忍法帖を読み返しませう。
古本なら安いよ。

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